2019/12/10

「対話」の重要性

今までは比較的時事的なことがらについて冗長に述べてまいりましたが、今回は比較的身近なお話をさせて頂きたいと思います。

「お子様と保護者様の対話は、成績にも関係している」ということが、今回の結論(私見)です。また、対話を充実させるためにはどうするか、ということについても述べております。 

<参考記事>子どもとの30分の対話は、5時間分の勉強に値する(ダイヤモンドオンライン・2019/3/24)
(こちらで紹介されている塾さんは存じ上げませんが、仰ることはほぼわたしも同意見です。)

辞書を繰りますと、「会話」「対話」とで興味深い違いがみられます。 

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【会話】 
二人あるいは小人数で、向かいあって話しあうこと。また、その話。
【対話】 向かい合って話すこと。相対して話すこと。二人の人がことばを交わすこと。会話。対談。(『広辞苑』より)
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重なる部分が多いとも思いますが、違いは下線を引いた箇所です。すなわち、「会話」は比較的オープンなものであり、「対話」はそれに比べるとより「1対1で」「対面していること」が重視されるのではないでしょうか。そう考えたときに、「対話」ができなければ「会話」もままならない、ということになるのではないでしょうか。 

これまで数百人以上のお子様と接してきましたが、その中で感じるのは、お子様の言語生活がダイレクトに成績に直結しているなぁ、という点です。言語生活と申し上げても大げさなものではなく、何か出来事があったときにお子様とお話する時間があるか、またその解決に向けた後押しをされているかどうか、ということをお考えください。(むろんデータが取れるようなものでもないので、印象論という域を出ない、私見ではあります。)

 簡単な例でいえば、国語などで記述の解答を作る作業のとき、ご家庭でしっかり「対話」をされているお子様だと、「主語と述語」という基本的なユニットがまずしっかり出てきます。掘り下げていくと修飾語や、出来事と人物の心理の関係、因果関係、そこから感じ取ったことまでもしっかり述べられるようになるのが早いのです。

一方で、あまり「対話」ができないというお子様の場合は、どうしても「こんなことを言っていいのかな」と思い悩んで言葉が出てこなかったり、主語を抜いて「~だから」といったような不完全なセンテンスでものを述べる習慣が身についてしまっていることが多いのです。

また単なる科目のことにとどまらず、しっかりと対話をしているお子様は「モチベーションが高い」ということがあります。これは、例えば社会問題などについて「わからないことを聞く」「それに答えてもらう」といった具体的なやり取りを通して、「こうしたい」というような思いが生じる、といった具合でしょうか。もちろんそれを言語化するのも速いのです。

普段、あまりご家庭などで対話をしていないお子さんですと、たとえば自分で思っていることを突然否定されたり、知らないことについてそのままにしてしまったり、ということが重なることが多いです。すると、当然社会に関心が向きません。自己肯定感も持ちにくい印象があります。

むろん例外もたくさんありますし、繰り返しにはなりますが私見です。

ただ一定の傾向として、こうしたことが認められるように思います。

それでは、そうした「対話」を可能にするために何が必要になってくるか、ということになりますと、まず保護者の方々が気にされるのは「時間がない」ということだと思います。とにかく現代の社会人には時間がありません。わたしも運動しなければ、と思いながら体が大きくなっていく一方です。それは冗談としても、「時間の壁をどうクリアしていけばよいのか」ということは多くの方々にとって重い課題になっているのではないかと思います。

しかし、わたしから申し上げたいのは、実のある対話にとって重要なのは時間の「量」ではなく「質」であるということです。そこで、次の点をクリアしたうえでの対話をご提案させていただきます。

①お子様の目を見て話すこと

いくらお子様と接する時間が長くても、テレビやPC・スマートフォンを見ながらの「ながら対話」は基本的にあまり意味がないと思います。お子様からすれば、「見てもらっている」ということは「自らの存在を認めてくれている」ということであり、これは自己肯定感の礎です。「ぞんざいに扱われている」と思いこむと、お子様は容易に殻の中にこもってしまいます。まずは目を見るところからです。

②一段落するまでは遮らずに「聞ききる」 

そして、お子様が荒唐無稽なことを言ったり、事実誤認していたりすることはよくあると思いますが、そんなときでも「ひとまず一旦言い切るところまで『聞ききって』いただく」ことが大事です。ことばを遮るということがありますと、主導権はどうしても「遮った側にある」とお子様の方でも理解します。それですと、無意識のうちに委縮してしまう、「こんなこと言ったら怒られるかな」といった気持ちが生じてしまいます。

③「否定」から入らない

②と少し被るところがありますが、これは大事なことです。保護者の方々のほうが知識も経験も豊富なのは当たり前で、お子様が誤ったことを口にした時など、また考え方をたださなければならない場合があるのは間違いないことです。ただ、その際に上のように言葉を遮る、もしくは「否定」から入るのはある種、コミュニケーションに慣れていないお子様ほど「人格を否定された」という思いにつながります。大げさかもしれませんが、トラウマになる可能性もあるかもしれません。まずはお話しやすい状況を作り、言い終わったところで一緒に誤りを直していく、その作業がとても大切です。

④思いつきではなく、対話する雰囲気づくりを

「思いつき」での対話は、時と場合にもよりますが、あまり好ましくない気がしています。というのも、「思いつき」では話し合うテーマについてどちらにも共有されたものがないからです。また、いつも「思いつき」ですと、お子様のほうでも警戒したり、逆にぞんざいに対応してしまうようになったりと、ムラができてしまいます。後述しますが、「だいたいこの時間」といったアバウトな決め方で、お子様のお話しやすい時間帯や場所の設定をしていただくだけでもかなり違います。

 ではどのような対話なら時間的に、物理的に無理なく行えるか、と言いますと、アバウトで構いませんので、「何曜日」であるとか、食事のときなど「何をしているとき」といった「シチュエーション」を定め、保護者の方主導でお子様とお話する時間を設けていただくことだと思います。

保護者の方々を取り巻く環境は、つとにお伺いしております。お忙しいのは重々承知しておりますが、これまで述べてきたような注意点、目を見て接していただく、または遮らずに一旦聞ききってあげることなど、少しの注意点を守ってさえいただければ、おのずと保護者の方々にとってもストレスではなく貴重な時間になるはずですし、逆に数分を貴重なものにしていくことになります。

まずは「短くてもよいから続ける」ことを最大の目標にしていただければと思います。

 しかしいろいろな方からのお話を伺いながら、またはいろいろな記事などを見ておりますと、とにかく今は保護者の方はもちろん、「お子様も忙し過ぎるなぁ」という印象が強いです。部活動を兼部する、クラブチームと部活動、それプラス習い事など。ゆったりした時間があれば、もっといろんな可能性が、社会などと言わずとも、個々の人間から生まれてくるのではないか。そういう思いになることも多いですが、その前にもっと仕事を頑張ろうと思います。

講師:粕川優治

横浜みなとみらい校校長。1977年生。上智大学文学部社会福祉学科卒業。大手塾などで指導経験を積み、英語、国語指導に熟練している講師でありながら、校長としても活躍中。

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